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   <title>トルコアイス食いたい</title>
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   <subtitle>うん、見ての通りだらだら日記なんだ。</subtitle>
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   <title>トルコ語</title>
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      トルコ共和国などの公用語で、テュルク諸語のうち最大の話者数をもつ言語。
トルコ共和国の人口約7200万人の他、ブルガリアに約75万人、ギリシャに約15万人、キプロスに約25万人の話者がいる。

イスタンブル方言を基礎とする共通語を持つ。文章語はオスマン帝国時代にイスタンブルのエリート階層の人々が使用していたオスマン語を、アラビア文字表記からラテン文字表記に改め、アラビア語とペルシア語の語彙・語法を減らして簡略化したものを基礎。

アラビア語・ペルシア語からの借用語が極めて多い他、日常語にはギリシャ語・ブルガリア語など周辺の言語からの借用語も多く、近代に入った外来語にはフランス語からのものが多いんだとか。

日本語の中に英語をいれてくるルー大柴みたいな？
んなわけないかっ（笑）

      
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   <title>カーリエ博物館</title>
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   <published>2010-01-08T09:50:31Z</published>
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      <![CDATA[イスタンブル旧市街の北西、テオドシウスの城壁と幹線道路が交わるエディルネ門の近くにある博物館。建物自体は、東ローマ帝国の時代であった11世紀にキリスト教修道院の付属教会堂として建設されたもので、14世紀まで間欠的に増改築が繰り返された。オスマン帝国の時代になるとモスクに改装され、名称もカーリエ・ジャーミーと改められたが、トルコ共和国によってその美術的価値が認められ、無宗教の博物館となった。

<a href="http://madfun.info/567588.jpg"><img alt="567588.jpg" src="http://madfun.info/567588-thumb.jpg" width="271" height="370" /></a>


14世紀に作成され、しばしばビザンティン美術の最高傑作と評価されるモザイクとフレスコ画が残されており、イスタンブルでも有名な観光スポット。
イスタンブール歴史地区として世界遺産にも登録されている。

最近、博物館や美術館に興味あるんで魅力的な場所ですね。
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   <title>ヤールギュレシ</title>
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   <published>2009-12-06T12:16:03Z</published>
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   <summary>ヤールギュレシまたはオイルレスリングは650年の歴史を持つトルコの伝統格闘技。 ...</summary>
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      <![CDATA[ヤールギュレシまたはオイルレスリングは650年の歴史を持つトルコの伝統格闘技。
ヤールギュレシのヤールは“オイル”、ギュレシは“レスリング”という意味。 
トルコ国内で行われるトーナメントは主要なものだけでも年間40あり、毎年6月にトルコとギリシャの国境の街エディルネで全国大会が開催される。

<a href="http://madfun.info/355333.jpg"><img alt="355333.jpg" src="http://madfun.info/355333-thumb.jpg" width="400" height="300" /></a>

レスラーは水牛の皮（現在は入手が難しいため牛革を使うことが多い）を縫って作られた黒い皮ズボン“クスベット”を身に付け、全身に大量のオリーブオイルを浴びて組み合う。

かつてのルールは単純であり、相手の背中を一瞬でも地面につけるか、相手の全身を持ち上げて数歩歩けば勝ちとなった。現在は2004年に導入された新しい競技ルールにポイント制が採用されている。オイルが滑るため超人的な腕力が必要とされ、肌の摩擦に頼らない技は独創的なものが多い。

トルコの民族技ともいうべき伝統的馬術、伝統的弓術も衰えてしまった今日、ヤールギュレシは盛んで、一般にも愛好者が多いんだとか。

滑るから怪我とかも多そうですよね。
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   <title>ギョレメ国立公園</title>
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   <published>2009-11-05T08:36:12Z</published>
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      <![CDATA[ギョレメ国立公園はトルコのカッパドキア地方ネヴェシェヒル県にある国立公園。奇岩群と古代ローマ時代にギリシア人のキリスト教徒によって建設された地下都市。
カッパドキア観光の中心地であり、1985年、ユネスコの世界遺産（複合遺産）に「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群」として指定された。

<a href="http://madfun.info/5383658386.jpg"><img alt="5383658386.jpg" src="http://madfun.info/5383658386-thumb.jpg" width="400" height="271" /></a>

この地域への初期の移住は キリスト教が伝播した頃の古代ローマ後期にさかのぼる。史跡の中にはギョレメのオルタハネ、ドゥムス・カディル、ユフス・コックとベジルハネの教会、岩から彫られた家々と縦抗がある。

なんかドラゴンボールとかに出てきそうな雰囲気がありますね。

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   <title>ブルサ</title>
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   <published>2009-09-29T13:31:39Z</published>
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      <![CDATA[ブルサはトルコ北西部の都市。ブルサ県の県都。人口は約62万人。スキー場で知られるウルダー（2,443m) の山麓に位置し、市内に公園などの緑が多く残されていることから、「緑のブルサ」との異名を持つ。繊維産業、食品加工などが盛んで、また、トルコ国内の自動車産業の中心地であり、FIATやルノーの工場がある。

<a href="http://madfun.info/5856.jpg"><img alt="5856.jpg" src="http://madfun.info/5856-thumb.jpg" width="400" height="294" /></a>

シルクロードの西端の都市として繁栄した。首都がエディルネに移った後も帝国にとって重要な都市であり、後にヒュダーヴェンディギャール州の州都となった。
イスケンデル・ケバブ（ヨーグルトをかけて食べるケバブ）の発祥の地。

ケバブって食べたことないけどおいしいのかな？
見た感じは好きそうなんだけど、
どこかで出会えたら食べてみたいと思います。





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   <title>ユルギュップのきのこ岩</title>
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   <published>2009-08-25T10:58:51Z</published>
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   <summary> ホテルやツアー会社などが多いカッパドキア観光の拠点の街、ユルギュップ。 ちょっ...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://madfun.info/436464326.jpg"><img alt="436464326.jpg" src="http://madfun.info/436464326-thumb.jpg" width="400" height="300" /></a>

ホテルやツアー会社などが多いカッパドキア観光の拠点の街、ユルギュップ。

ちょっと離れた郊外には、ユルギュップのきのこ岩（妖精の煙突）と呼ばれる地面から生えたキノコのような岩がある。
中でも有名なのが、画像のスリーシスターズ。

バランスの取れた岩ですし、落ちそうで落ちない岩ですが、一体どなくらいの長くこんな格好をしてるんだろう？！
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   <title>イスタンブル</title>
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   <published>2009-07-26T13:39:54Z</published>
   <updated>2009-07-26T18:52:53Z</updated>
   
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      <![CDATA[<a href="http://madfun.info/35480.jpg"><img alt="35480.jpg" src="http://madfun.info/35480-thumb.jpg" width="302" height="400" /></a>

トルコ共和国西部に位置する都市。
ボスポラス海峡をはさんでアジア（アナトリア半島）側とヨーロッパ（トラキア地方）側の両方に拡がっており、2大陸にまたがる大都市である。
首都アンカラを上回る同国最大の都市であり、文化・経済の中心となっている。イスタンブル県の県都でもある。2000年の人口は約880万人で、イスタンブル県全体では1000万人を越える。モスクワ、ロンドン、ルール地方、パリに並ぶヨーロッパ屈指の人口規模をもち、ヨーロッパでも上位の世界都市と言える。その歴史は長く、かつてのローマ帝国、東ローマ帝国、ラテン帝国、オスマン帝国の首都が置かれていた。イスタンブール歴史地区は世界遺産に登録されている。
日本では一般に「イスタンブール」と呼ばれることが多いが、この呼称は正確とは言えない。
 2010年の欧州文化首都になることが決定している。

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   <title>ルメリ・ヒサル</title>
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   <published>2009-06-14T06:27:23Z</published>
   <updated>2009-06-14T12:12:56Z</updated>
   
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      <![CDATA[<a href="http://madfun.info/789.jpg"><img alt="789.jpg" src="http://madfun.info/789-thumb.jpg" width="400" height="227" /></a>

ルメリ・ヒサルは、オスマン帝国のメフメト2世がコンスタンティノープル郊外（現在のイスタンブール）に造営した城塞。「ローマの城」という意味をもつ。

メフメト2世が東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略中の1452年に、わずか4か月ほどの短期間で造営し、攻略の拠点となった。

これを４ヶ月で作ったなんて・・・凄い。
ここは一度見たいなぁ～行きたいなぁ～。


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   <title>ヴァレンス水道橋</title>
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   <published>2009-05-15T09:33:06Z</published>
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      <![CDATA[<a href="http://madfun.info/77.jpg"><img alt="77.jpg" src="http://madfun.info/77-thumb.jpg" width="400" height="300" /></a>
なになに・・・ヴァレンス水道橋は、紀元368年に完成したトルコのイスタンブルにあるローマ帝国時代の水道橋の遺構。イスタンブル旧市街のおよそ中央部、ファーティフの丘とエミノニュの丘の間にかけられており、北西郊外の森にある水源から引かれた上水を旧市街東部のスルタンアフメト地区にある地下貯水池へと中継する役割を果たした。本来の全長はおよそ1kmあったが、現存するのは800mほどの部分である。
旧市街を通る幹線道路を跨ぐようにたたずんでいる。バスも人も通るみたいで前は上にも登れたみたいです。

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   <title>シシュケバブ！</title>
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   <published>2009-04-06T02:08:35Z</published>
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   <summary> トルコといったらやっぱりケバブ！ 正統派のシシュケバブは羊の肉でつくるんだって...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="doner01.jpg" src="http://madfun.info/doner01.jpg" width="400" height="300" />

トルコといったらやっぱりケバブ！

正統派のシシュケバブは羊の肉でつくるんだって。
他にも日本で定番の牛や鳥、マイナーな魚もあるとか。
魚のケバブとかどんな味になるんだ？

日本でよく見るパンに挟まったタイプはファーストフード感覚で、お皿に乗ったケバブの方が高いらしい。
日本のは味付けも控えめらしいから現地で食べてみたい！]]>
      
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   <title>サフランボル</title>
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   <summary> サフランボル（トルコ語表記Safranbolu）はトルコにある街である。カラビ...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="275px-Safranbolu_traditional_house_1.jpg" src="http://madfun.info/275px-Safranbolu_traditional_house_1.jpg" width="275" height="183" />
サフランボル（トルコ語表記Safranbolu）はトルコにある街である。カラビュック県に属し、
2000年現在の人口は、47257人。黒海から100km離れた場所に位置し、
トルコの首都アンカラからおよそ北200キロメートルに位置している。
近く町の歴史は11世紀に遡ることが可能である。
1994年、UNESCOの世界遺産に「サフランボル市街｣の名で登録された。

素敵な町並みです。住んでみたいな。]]>
      
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   <title>ハットゥシャ</title>
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   <published>2009-02-06T07:34:53Z</published>
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      <![CDATA[<img alt="275px-Hattusa.liongate.jpg" src="http://madfun.info/275px-Hattusa.liongate.jpg" width="275" height="180" />
ハットゥシャ（Hattuşa、またはハットゥシャシュ Hattuşaş）は、トルコの首都アンカラより東に145kmのボアズカレ（旧・ボアズキョイ）近郊、海抜1000mほどの丘陵地帯にある遺跡。紀元前17世紀-紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト帝国の都。1906年ドイツの考古学者フーゴー・ウィンクラーによって発見された。ユネスコの世界遺産に登録されているんです。]]>
      
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   <title>ネムルト山</title>
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   <published>2009-02-06T07:33:50Z</published>
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   <summary> ネムルト山（ネムルト・ダウ、トルコ語: Nemrut Dağ）は、トルコ東部の...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="275px-Turkey_nemrut_dagi_2.jpg" src="http://madfun.info/275px-Turkey_nemrut_dagi_2.jpg" width="275" height="406" />
ネムルト山（ネムルト・ダウ、トルコ語: Nemrut Dağ）は、トルコ東部の標高2134 m の山。アディヤマン近郊のキャフタ（Kahta）から40km 北に位置している。

ネムルト山の山頂には、コンマゲネ王国（Kingdom of Commagene）の王アンティオコス1世（Antiochus I Theos of Commageneが紀元前62年に建てた、王自身の座像を含む8 - 9 m の巨大像が並ぶ巨大墳墓がある。ここには、王の座像のほか、2羽の鷲、2頭のライオン、様々なギリシャ神話やペルシャ神話の神々の像などが並んでいる。神像にはゼウス=オロマズデス（ゼウスとアフラマズダが同一視された神）、アポロ=ミトラス、ヘラクレス、テュケ（ギリシャ神話の女神でコンマゲネ王国の守護神）などが含まれている。

王や神々の像は座して並んでおり、それぞれの像に名前が刻まれているが、いずれの坐像も首から上がない。それらの頭部は、像の足元に散在している。地震のために頭部が転げ落ちたとされるが、鼻が損壊されていることなどから、偶像破壊運動の一環の可能性も示唆されている。

レリーフの施された石版が見つかっており、それらはフリーズ（装飾のある壁）を形成していたと考えられている。そこにはアンティコス1世の系譜が刻まれ、彼がマケドニア人とペルシャ人双方に起源を持つことが示されている。

顔でか！！！]]>
      
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   <title>イリオス</title>
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      <![CDATA[<img alt="275px-Troy1.jpg" src="http://madfun.info/275px-Troy1.jpg" width="275" height="206" />
イリオス（イーリオス）は、トロイ、トロヤ、トロイア（トローイア、トロイアー）、イリオン（イーリオン）などと呼ばれる、ギリシア神話に登場する都市。現在のトルコ北西部、ダーダネルス海峡以南にあったとされる。

一般的に、ハインリッヒ・シュリーマンによって発掘された遺跡がイリオスに比定されている。神話ではかなりの規模を持った都市国家であるが、現在発掘によって確認される遺跡は城塞以上のものではない。ギリシア神話においては、アガメムノンを頭とするアカイア軍に滅ぼされたとされ、そのあらましはイリアスをはじめとする叙事詩環に描かれているんです。

そういえば、トロイ、ていう映画もすごかったよなーーー。]]>
      
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   <title>ヒエラポリス-パムッカレ</title>
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      <![CDATA[<img alt="275px-Pamukkale00.jpg" src="http://madfun.info/275px-Pamukkale00.jpg" width="275" height="190" />
ヒエラポリス-パムッカレはトルコ西部にあるユネスコの世界遺産（複合遺産）の登録名。パムッカレは石灰棚の丘陵地帯の名前であり、2世紀頃、ヒエラポリスというローマ帝国の都市が存在した。現在は遺跡が残る。
パムッカレとは、トルコ語で「綿の宮殿」という意味。綿とあるのは昔からこのあたりが良質の綿花の一大生産地であることによる。昔、弱酸性の雨が台地である炭酸カルシウムの溶液となって地下水となった。それが地熱で温められて湧き出て温泉となり、沈殿した石灰が固まって、あたかも純白の棚田のような景観を作り出している。棚田のようになっているのは、漂流してきた枝などに石灰がたまり、それが長い間を掛けて堤を形成するためである。このような景観が約200mの高さに渡って形成されている。
 ヒエラポリス遺跡
パムッカレの石灰棚の一番上にある遺跡。ローマ帝国の温泉保養地として栄えた。ローマ帝国時代にも地震で破壊されるがその後、復興。しかし1354年の大地震で完全に廃墟と化す。ローマ劇場、ローマ浴場などが残っています。

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